We are Phenomenal

cinema staffデビュー15周年ツアー

We are Phenomenal

ツアーファイナルを観てきた。

 

今年開業したばかりの、東急歌舞伎町タワーの地下4階にあるZepp shinjuku

チケットはSOLD OUT。

これを聞いて、なんだかすごいことになりそうな…と、事の重大さを実感し始めた。

 

しかしいざ始まってみると、いつものcinema staffが、いつも通り、でも期待を裏切らない確かな熱量でそこにいた。15周年だとか、ファイナルだとか、そんなのはただの飾りにしか過ぎなかったんだなあと思った。

彼らはいわゆるライブバンド。

ライブを積み重ねながら、たまにタイアップなんかもありながら、爆発的に売れることは無くとも揺るぎない信念のもとに彼らにしか出来ない音楽を確立してきた。そして「『今』が一番かっこいい」と自負するだけの自信もある。

もはやライブ抜きでは彼らを語ることは出来ない。と言いつつシネマを知らない人にシネマのライブってどんな感じ?と聞かれたら語彙力が幼稚園児もしくはギャルになってしまうので、とにかく来いとしか言えない。そういうライブをやるバンド。

ライブライブ言い過ぎだな、だけどほんとにそういうこと。

 

曲の感想。

①聴けたことが夢みたいだった部門(順不同)

「返して」「青写真」「lost/stand/alone」

ブルプリeve熱源の頃はちょうどシネマから少し離れていた時期でリリースツアーも行ってないので、どれも生で聴いたのは初めて。

青写真はあのはやる気持ちを抑えられないようなイントロ(もっと言うなら7小節目からのドラムの裏打ちハイハット)からしてすでにもう大好きで、名古屋で演奏されたことを知ってとてもとても羨ましかった。数日後に公式が動画を上げていたのを見て、これはもしかしたら今後もある…!?と思ったらまさか。

lost〜はツアー終盤の金沢で演奏された(よね?)

この日のTwitterでのシネマ界隈のざわつきっぷりは忘れない。

「話したいんだ これからのことを 嘘みたいな 本当の話を」

って歌詞はなかなか今回のコンセプトに沿ってるな、と思った。

返して は単純にシネマの中で好きな曲五本指に入るのでめちゃくちゃ嬉しかった。この曲の歌詞は他の曲と比べて若干毛色が違うというか、非現実的でスケールが大きい描写の中に個々の小さな営みを感じさせる不思議な歌詞。三島さんの言葉選びが光りまくっている曲。

 

これを聴いてた時に、そういえばlost〜に「そんな声で泣かないでくれ」「そんな声で起こさないでくれ」、返してには「君は(中略)見たことの無い顔をした」って歌詞があって、これらどれも聴き手の想像に委ねてること今更気づいた。どれも言葉で表現できないものだから、その時時でいくらでも表情を変える歌詞たち。

 

②もうどうにでもな~れと思った部門

「優しくしないで」「Poltergeist」

至極当然です。

返して が終わり一息ついたと思ったら、

三島さんの「ダンスタイムです歌舞伎町」の声に「       」となり、左側からやってくる人波に押され始めたところでやっと「あ………!」と気付いた。人間信じられないことが起こると本当に思考止まるらしい。他の公演でこの曲が演奏されたことを知るたびに、ぜひファイナルではダンスタイムです新宿をお願いしたい…と思っていてそれが叶った瞬間だというのに。[歌舞伎町]というワードはあまりにも強すぎる。

「窓辺にいるだけなのさ」で4回上げた拳で思い出すのはやっぱりあの日のカウンターアクションのことだった。力込めすぎた。

あと周りの人とぶつかりまくるせいでスマホショルダーの紐が肩からずり落ちて、宙ぶらりんのスマホを左手でずっと掴みながら右手を上げていた。手を離したら床に落ちて終了するところだった。こわい。

 

その次のPoltergeistでは、もはや顔を正面に向けるのもやっと。この2曲並べるのはそりゃもう大変よ(?)

間奏でセンターマイクを見るとそこには飯田さんが立っていた。辻さんはもう私の視界から見切れてどこにもいない。

三島さんの「君は救えない」がうっすら耳に入ってきたけど私はもうぐちゃぐちゃ過ぎて何がなんだか。この曲は人の体と頭が別々になる。大人見できる日は永遠に来ない。というわけで映像化お待ちしてます。

 

 

③面白い順番じゃねえかと思った部門

「想像力」→「海底」→「陸の孤島

 

海底のラストの「いつか想像力で地上へ」

この「想像力」が単なる言葉ではなく「想像力」という曲をそのものを指しているとしたら…?と思ってしまったのでこれは近々考察したい。

そして海底から陸の孤島という、海と陸の対称性。絶望に満ちた場所の中でも「最低を繰り返してそれでもなお生きたい」「生命を鳴らせよ」と、自らを奮い立たせるところは共通している。

「海底より愛を込めて」のアルバムあたりからだろうか、シネマの曲に生き死にの概念が増えるようになったのは。より自分に重ね合わせやすくなったと思う。

 

④思考が巡った部門

「flugel」「望郷」

flugelは結ばれてはいけない二人を歌った刹那的な曲だと思っている。ラストの「おやすみ 春が来るまで」の部分を聴いた時に新たな解釈が生まれてしまい、更にこの二人に残酷な運命を辿らせる救いのない曲になってしまった。(すべて個人の解釈なのであしからず) (昔の某ドラマの電車の中でのラストシーンそのもの)

これがライブの力なのだろうか。日常の中で聴いていてもいつか気付いたのだろうか。

 

飯田さんのMC。

「心が震える方を選んで」という趣旨。

このMCを聴いて何故か私は、自分とシネマ、一対一の狭い世界につい置きかえてしまった。

もちろん互いに心を震わせて共鳴し合うことが一番だけど、それってめちゃくちゃすごい奇跡で。

何かを好きでいるのにも気力と努力と体力が必要で、どれかが欠ければ成立しないことだってあり得る。だからいつでも壊れそうなバランスでお互い立っている。

彼らはいつでも心を震わせてくれる存在に違いないと思う。思うんだけど、人生何があるか分からない。私だって誰だってこれから先シネマよりも心が震える存在が現れないなんて言い切れない。もしそちらの存在を選ぶ時が来るとしたら?

もしも、何らの理由で、どうしても今は心が震えねえわって時が来たら…?

 

でも、それでも、

俺らと響き合ってくれ!という押し付けじゃなくて、響き合う相手も、タイミングも、決めるのはあくまでもあなた。

それがあなたにとって必要な幸せ。

と言われているのかな…

 

この望郷という曲もその時によって面白いくらいに表情を変える曲だと思う。

前衛懐古で聴いた時は、制作当時のメンバーの苦悩を思って涙し

人見記念で聴いた時は来るべき夜明けを感じた。

そして今回。

「あなたは手を離しても歩いていけるだろう」の言葉が、いつか私の背中を押してくれる存在になる気がした。

なんかすごいネガティブ思想だけど、本当に自分の心の支えになった存在って、ちょっとやそっとじゃ忘れないし、心の中から無くならないから、もしそういう日が訪れたとしても必ずまたいつかcinema staffのもとへ帰ってくることができるはず。

てか私すでにそれ経験してたわ。(おい)

 

間違いなく朝は来るよ。

朝へたどり着いたら、二人は一人ずつになる。

あなたは手を離しても歩いていけるだろう。故郷へ。

さっき聴いた青写真の歌詞を都合よく切り取って繋げたら想像以上に飯田さんのMCに対しての自分の解釈とぴったり合った。

兎にも角にもこの望郷が、今回一番頭を使って聴いた曲だった。

  

 

希望の残骸。

人見で聴いた時に「これは今夜限りのものなの?定番化しないの?」と思っていたイントロの飯田さんのアカペラをもう一度聴けて感動。

歌い出しの前に軽く咳払いしてたように聞こえた。

これは今年の夏あたりからこの曲の良さにじわじわとハマり、いつの間にか五本の指に入るくらいまで私の中で存在感を増した曲。

「負け犬の遠吠えに〜」で一瞬落ちてそこからイレギュラーな感じで進みラスサビで解き放たれるのが好き。

 

 

HYPER CHANTの冒頭で、「行こう!」と叫んだ飯田さんの声。

歌以外のところで今まであんなにトーン上がったことあるか?ってくらい、高揚感が伝わってきた。

どこまでも走っていける足を手に入れたそんな感覚。

 

 

今回15周年ツアーということもあり、

今まであまりやることが無かった曲も放出しますとのことだったので、

地元とファイナル、2公演しか参戦できない私は各地であんな曲やこんな曲が披露されたのを知るたびに「○○や△△や□□なんかもやるんじゃ…!?」と期待を繰り広げた。

結果私が期待したそれらの曲は全くやらなかったのだが、もうそんなことを考えていたことすら忘れてしまっていた。シネマの曲であれば、なんでも良いんだ結局は。当たり前だけど、聴いてガッカリする曲なんて無いもの。

あの日のあのセットリストが、15周年を迎えたcinema staffのベスト。

 

各地で披露された曲、なぜ今回やるに至ったのかはぜひファニコンで語ってくださいよろしくお願いします。特に小説家とか小説家とか世紀の発見とか。

 

さて次はmole17周年イベント

ツアー終了後一発目に選ばれたのは私の地元札幌でした。いいのか。嬉しいけど。

セトリが全くもって予想不可能だな。きっとまたどえらいことになるだろうから終わったらまたここに書こう。。

 

 

 

Hello,Today(2023.10.7)

その昔、某ガールズバンドが「10年後の8月 また出会えるのを信じて」と歌った10年後に本当に再結成するというドラマチックなことをやってのけた時があった。

 


自分の大好きなバンドでもそんなことが起こるとは…

 

 

2013年5月18日。

UNDER THE COUNTER 解散ライブ

End roll with you@渋谷屋根裏

 

この日、ライブを見るためだけに初めて一人で北海道を飛び出した。初めての一人での遠征。当時大学生。

東京の交通網はやばいと聞いて大学のパソコンでずっと電車の乗り方を調べてた。

 

 

2023年10月7日。

UNDER THE COUNTER 一夜限りの復活ライブ

Hello, Today@渋谷LUSH

あれから10年。「あの時、行って良かった」という充実感は、ライブ遠征という生きがいを私にくれた。色んなバンドを追いかけて経験を重ねて、渋谷までなら何も見ないで来れるようになった。

高速道路の渋滞で空港に到着するのが遅れ、乗る予定の飛行機に間に合わず予定が大幅に狂うというトラブルがあったものの、そんなことすら乗り越えた。私にしては本当に強くなったものだ。

 

開場時間には間に合わず、LUSHに到着したのは18:15くらい。

会場に入ると、サニーサニーのアコースティックバージョンがいきなり耳に飛び込む。

すげえ、UNDER THE COUNTERの曲が流れてる。

解散ライブ以降はずっと自分のイヤホンで、自分しか聴いてなかった曲が、しかもちょっと聴いたことないバージョンで、人がたくさんいる空間に流れてる……???というなんとも不思議な気持ちになった。

 

そして随分と音質の荒いLOSERも流れてた。

アウトロに「錆びつく景色」というワードが入っていた。きっと地方民が入手困難な音源に入ってるやつだ、きっと。くそう。

 

すでに半分くらい埋まってるフロア。

ここにいる人はみんな同世代やほんの少し上の世代なのかなと思うと謎の安心感。

 

私と同じエンドロールウィズユーTを着てる人がちらほらいた。

私はあの日のライブが終わった後に購入し、実家を出た時にも一人暮らしの部屋へちゃんと連れてきたけど日常で着ることなど無く、ずっとしまってあった。今回初めてちゃんと袖を通した(洗濯はした)

私もみんなも10年間取っておいたのえらい。この日が来るなんて想像もしてなかったのにね。それってつまりそういうことだよね。

 

 

開演直前に何気なく後ろを見てみると、すごい数の人。ドアのギリギリ、バーカウンターのギリギリまで。

みんながいかにこの日を待ち望んでいたのかがすごくよく分かった。こりゃチケットも2時間で売り切れるわ。発売日、仕事休みで本当に本当に良かった。店長ありがとう。

 

 

10分ほど押して、開演。

メンバーが入ってくる。

Twitterでの匂わせ動画(?)で近影は把握していたものの、やっぱりこの顔が揃うと懐かしさを感じる。

関谷さんは相変わらず目力がある。大隅さんはずいぶんと髪が短くなっていた。ヨシムラさんの素朴な青年感も変わらず。

ゆーこさんは、私の前にいた背の高いメンズ二人に隠れててあまり見えなかった。でも時折見えた時にはやっぱり相変わらず華奢でおっとりした雰囲気で、なのにあんなにドカドカとパワフルにドラムを叩く姿はやっぱりとてもかっこいい。10年ぶりにスティック握ったって本当ですか?私が唯一憧れの念を抱く女性ミュージシャン(元)は紛れもなくゆーこさん。

 

 

ここから曲のこと

長く書いてるのもあれば短くしか書いてないのもあるけどどの曲も全部大好きです。

その時の感想というより曲自体への感想や思い出話になってる部分もあるけどしゃーない。

 

 

1.pepe

1stアルバムPOOL OF CIDERの一番最初の曲。

やっぱりこれだよね〜と、ライブに来たのたった2回目なのになぜか納得した。

(いや、LOSERだったとしても同じこと思ったかもしれない。つまりこれ原点にして頂点のアルバム)

いきなり初期の曲から始まるあたりが、本当に結成メンバーが集まったんだということを実感させる。

地球儀まわして酔いまわる。こんな歌詞書ける人他にいるか。

 

2.HIGHWAY,MYWAY

「階段は七色」という歌詞に合わせているのかとてもカラフルな照明だったのが印象的。

サビで一斉に手が上がる。

この2曲で、本当にこのライブは夢じゃないのかとか、あー昔ずっと聴いてた曲だ…とか、心の中がいっぱいになりすぎてすでに涙ボロボロ。

 

 

3.モダンライフ

私の中ではアイワナ、ミソラに並ぶ名曲。

涙は乾き始めてひたすら楽しむモードに入る。

「なんとなく頷いた 傷つくこと無いように」これは大人になると響く歌詞。

セブンスターを吸う男性は無条件にかっこいい、という謎意識を高2の私に植え付けたのはこの曲。(今も若干そう思う)

 

4.ROKETTA

モダンライフのアウトロから繋ぐ形で。

曲名言ってたのこれだけだったかな。

 

5.スプリンクラー

最初タイトル思い出せなくて中盤でフワッと降りてきた…ごめん…最近日当たり悪い部屋に引っ越してちょうどこの曲のことをよく思い出していたのでタイムリーっちゃタイムリー。ビタミン不足になるのか。

 

6.temptation

あのシュールなPV、メンバー(というか主に関谷さん)は今どう思っているんだろうとばかり考えてた。

 

7.GREAT GREEN
正真正銘、私が彼らに出会った曲。PV、ギターソロで手がデカくなったりするよなあと思い出してた。
コーヒーに入れたミルクの量で〜とか、モノクロの夕刊は〜の歌詞はマジで天才だなあと改めて噛み締めた。

 

8.ピンチヒッターの憂鬱
ここで関谷さんはカープの帽子をかぶる。今年は2位でしたね。余談だけど昔の会報で黒田新井のFAを嘆いていた関谷さん、数年後二人が戻ってきて優勝だなんて、すげえドラマでしたよね。
「ツーエンドスリー」に時代を感じる。今は逆だから。
ヨシムラさんのギターソロの前の「3,4!!」で手上げてたの私だけだった(気がする)けど最高に痺れたし気持ち良かった。
そのまま、最終回の大舞台〜になだれ込んでいく感じ、ピックスクラッチ、ワンツースリーでキメるのも、全部最高。こんなにライブ映えする曲だったんだ。何度でも聴きたい。この日の本編ベストアクト。

 

9.sohappy,unhappy
まさかこれやるか!と完全に油断してた。誰にだってなれるからソウハピー、誰にだってなれやしないからアンハピー、この対比深すぎるだろ。

 

10.サンデーナイト
あんなまったりした感じなのに、ライブだと縦にノリたくなる不思議な曲だなあと気付く。
最初のリズム刻むのあれ絶対めちゃくちゃ集中力いるだろうな…

 

11.carrot
一本でもニンジンなんて使い古されたネタをロックンロールに乗せてかっこよく歌えちゃうのすごい。サビのメロディーがとてもハッピー。
ELECTRIC RAYS持ってなくてニコ動で聴いてたけどそろそろ買おうかな、そうしないとプレイリストに入れられない。

 

12.ノー・セラピー
大隅さんの「これやろうよって言って。メンバーは『ええ…』みたいな感じだったけど。もし(演奏が)良ければSNSで広めて」との前置きから始まるもんだから、どんなマニアックな曲だと思ったらまさか。いやこれみんな大好きでしょ。でも全員ハードな演奏だから、演る側のええ…の気持ちも分からなくはない…
ヨシムラさんのタイミングで始めて、と。
音が変わるタイミングで照明の色も変わってた。
この曲、本当にいつ何時聴いても100%かっこいい。こんな濃密な曲ライブで聴けていいんですか。ええ…と言いながらもやってくれてありがとう。

 

13.賛美歌
ノーセラピーからのこれ。ジェットコースターかよ。
「手  を」の緊張感…
信じられるのは自分の中の神様だけ。歳を重ねるとよりその思いが強くなるね。

 

14.teenage wosteland 
「青春時代に作った曲が大半で」「青春とはなんぞや、という曲です」の前置きでこの曲しか無いとピンときた。
解散ライブの時は、彼らはバンド活動を終えることで青春というはしかが治ってしまうのかなあ、大人にならなきゃ、現実に生きなきゃならないのかと思わされて印象的だった。
でも今回は自分のことに置き換えてみた。
今じゃ周りは結婚だ子育てだやっているのに自分は相変わらずライブで拳を上げているのだから、これって今でも青春してるってことでいいかしら。

 

15.Don't cry Babe
解散ライブが終わってずっとUTCしか聴けずにいた時に遅ればせながら魅力に気付いた曲。「あーもーいーや あーもーどーせ そーいーながら空を見ろ」で夜の渋谷のライブハウスの天井に青空が見えましたマジで(幻覚) 

 

16.tricolor 
フォロワーさんが聴きたいと言っていた曲なのでもうほんとにおめでとうございますって気持ち。「雨に打たれて風に吹かれて日に照らされて虫に食われて」、でも綻びに色があふれた…なんて希望に満ちているのだ。
サビ前の高揚感とサビで一気に突き抜ける感じ好き。

 

17.アイワナ
アイのワナは「シャ・バ・ダ・バ」をフロアで歌うなんて思ってなかったのでめちゃくちゃ嬉しかった…
本編最後、なんかほっこりと終えた感じ。手拍子のせいかな。この曲の言葉遊びが一番好き。


en1.ミソラ
解散ライブの時、この曲はこの日に演奏されるために生まれた曲なのかってくらい切なく悲しく聴こえた。この景色が永遠に失われずにずっと残ればいいのに、それがかなわないことが悲しかった。帰りの飛行機で、曲の世界観にも似たオレンジ色の太陽を見ながらこれを聴き、一人泣きまくった曲。

だけど今回は良い意味で軽い気持ちで聴けた。
今日と言う日も、目や頭にどれだけ強く焼き付けたつもりでも日を追うごとに少しずつ忘れていく。悲しいけどそれを繰り返していくしかないんだという悟りや諦め、それに耐えていく心がこの10年で鍛えられたからなんだと思う。私も少しは大人になったのか。


en2.Hello,Today
1stアルバム最後の曲。

前がマイゴッドの裏のヨシムラさんのギターがクレイジーだった。エフェクターとか全然分からないけどどうやったらあんな音出るの。

 

この曲の前に関谷さんが言った「元気でいろよ」の一言。それだけで心がぎゅーーっとなりすぎて、冒頭の歌詞が頭に入ってこなかった…
解散ライブの時の「幸せになれよ」の言葉を思い出した。
また会えるのかどうかも分からない人達へ向けて、幸せで、元気で、そんなことを願える関谷さんの優しさ。
この10年の間に個人的に(というかそれだけ年数あれば誰しもそうだろうけど)色んなことがあって、生きるのをやめたくなった時もあった。でも今こうやってなんとか元気で生きているから彼らにまた会えた、たったそれだけなのにすごく嬉しいというか、尊い事だなあと思った。


解散ライブの一番最後の曲もこの曲だった。 
そしてこのライブもHello,Todayの名前を冠している。彼らの象徴でもある曲。信念が詰まっているんだなあと、歌詞一つ一つを噛み締めながら聴いて改めて思った。

 

wen.モダンライフ
「もうやれる曲無いんだよね」と全員口を揃えて言うので、今日やった曲の中からのおかわりタイム。「もう一回最初からやってー!」の声に「死ぬわw」と関谷さん。
フロアからの声でこの曲に決まったわけだが、(誰かHANGOVERって言ってたけどシブすぎる)

関谷さん、もう声出るか分からねえ、出ないところは歌ってくれ、と。「任せろー!」の声。
イントロでさっきは少なかったオイオイコールが全開。声出ない所というか終始ほぼ関谷さんとフロアの大合唱だった。他のバンドのライブで大声で歌ったら白い目で見られるからこんなに堂々と大声で一緒に歌えてしまったことで私はここで精根尽き果てたし隣では軽いモッシュが起きてた。やっぱりこの曲が持つ力はすごい。何度でも聴きたい、大名曲。

 


ここからMCのこと。

大隅さーん!!」と呼ばれて「はい大隅ですー」のユルさに笑った。
小さい子が「ようへいさ〜ん」って何度も呼んでてかわいかった。

去年の関谷さんの爆誕不惑祭の時にヨシムラさんがゲスト出演する予定だったが、体調不良で出演キャンセルになった。前日にキッチンでお酒を飲んだあと血まみれで倒れていたのを家族が発見して救急車で運ばれ、診断結果が頚椎骨折。お酒回って倒れてそうなったってことだよね?出られなくなったことは知っていたけど、風邪とかそういうレベルだと思っていた。そんな大変な事態だったとは。
そしてヨシムラさんが出られなくなったことで、裏で仕掛けられていたオリメン全員集合サプライズ計画が流れてしまった。そういうこともあったり、Twitterに匂わせ動画を載せたら予想以上の反響があったりしたということで今回復活の運びとなったとか。

ゆーこさんは淡い色と鮮やかな色の衣装を2種類持ってきていて、ヨシムラさんが「どっちがいい?」と聞かれて「鮮やかな方が良いんじゃない? と言ったら「私はこっち(淡い方)が着たいの」って言われてじゃあなんで俺に聞いたんだよ!と。それに対して「女ってそういうもんなのよ!」と関谷さん。そういえば昔の会報で、二人は犬猿の仲(?)とか言ってたな…
関谷さんの衣装はカラシ色のパジャマみたいな服を却下されて今着ている服もアイロンかけてもらいましたとのこと。

「解散してからも曲を覚えててくれて、今日ここに集まってくれたことに感謝しています」と何度も言っていた。いや実際ものすごいことだもん。ほんとに。復活するなんてあり得ないだろうと思いながらもみんな心の何処かでずっとこの日が来ることを願っていたんだから。
そして驚くことに今日始めてUTCを見るという人が数名。メンバーが言う「各サブスクリプション」で出会ったのかな。


ライブ、次もやるってことは考えてないけど…のあと、
「洋平さんがもう一回頚椎折ればやるかも」「ヨシムラと関谷は今日をもって脱退するので、次は大隅さんが企画して進めてね」と丸投げ。
40代のおっさん()3人によるMCは終始ゆるゆるだった。
ゆーこさんは、「メンバーみんな歳を取りましたが…ひとり、変わらない方が…」と関谷さんに話を振られた時に「歳取りました〜」と控えめでかわいい声でお話されていた。
活動していた当時、飲み会は男だけ来てゆーこさんは全然来なかったよね!と言われていたけどさすがに今回は行くらしい。

 

お客さんは男女半々くらいで、ガヤを入れるのはだいたい男性。
私が普段行くライブは圧倒的に男性比率少ないからこういう暑苦しい感じ、すごく良いなと思った。ゆーこさんカワイー!!って叫んでもなんか微笑ましい。(実際かわいいし)

 

 


彼らの曲はポップで聴きやすくて、でもちゃんと背景にはロックンロール精神があって、関谷さんの書く歌詞は韻踏んだりひねくれたりしてて、唯一無二の面白さがある。
昔はその「聴きやすい」「ひねくれた」の部分を気に入って聴いていた。
しかし解散後、いい大人になってから聴くとその特徴的な歌詞の中に、今の自分に大いに響く、ハッとさせられるメッセージがこもっていることに気付かされ、純粋に「良い曲」だなあと感じることが多々あった。


UNDER THE COUNTERに夢中だった高校時代。学校の行き帰りは友達とバスに乗って喋りながら帰るよりも、一人でイヤホンで音楽聴いているほうが楽しい。そんな学生だった。(友人はちゃんといたよ)

その頃の自分に伝えたいことを考えていると、「大好きな音楽のためにどこへでも行けるようになった自分がいる」「音楽のお陰で今を一番楽しめている」「この音楽を大切にしていて良かったなと思える瞬間がある」といったことが浮かんだ。

特に3つ目。

彼らが残した曲は、私の青春そのものと言ってもいいかもしれない。当時をちょっと懐かしんでみたくなった時、たまに引っ張り出して聴いてみる。あーやっぱり今聴いてもかっこいいなあ。そんなことを繰り返した結果、2023年の今まで存在が消えること無くずっと心の中にあり続けていた。そして、10年前に一度終止符を打ったあのバンドと一緒に今を共有するという、奇跡のような夜に立ち会うことができた。

過去から今までずっと繋ぎ守ってきた自分の気持ちが実を結んだ気がした。

そしてあの時、10代の自分も隣にいた。そんな気もした。

 

次回はまた10年後にでもやるのだろうか。

それともこのままやらずに終わるのか。

どちらに転ぶのかは誰にも分からないけど、もしもやる時が来たら、また何を差し置いてでも行くんだろうな。

でももしそうなったら、活動期間よりも復活ライブを待つ期間のほうが長くなってるじゃん…と思ったけど、それでも良いんだ。活動がなくてもそれだけずっと心の中に残り続けているということだから。

関谷さんが言ったとおり、元気でいるので、気が向いたらまたやってくださいね。

 

 

End roll with you(2013.5.18)

2013年

UNDER THE COUNTER 解散ライブ後に書いたFCブログの記事を若干修正、再掲

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このひっそりと更新を続けてたFC2ブログで、
UTC=UNDER THE COUNTER について最後に触れたのが
2010年1月


いまが2013年5月
約3年の間にいろんなことが変わった

大学生になった
携帯はiPhoneになった
一人でどこへでも行けるようになった


一人でどこへでも行けるようになったから、
UTCの解散ライブを観るために一人で東京行ってきた

 

このブログにもUTCのことは何度か書いていた
今になって見返してみたら結構辛辣な言葉ばかり綴ってますねごめんなさい
新譜微妙だの解散するんじゃないかだのね

本当に好きなバンドで
高校の教科書やノートの余白は
授業中に書いたUTCの歌詞で溢れていた
それだけ毎日頭の中はUTCでいっぱいだった

ちょっと皮肉っぽくて
いやらしくて(変な意味でなく)
これ絶対この人にしか書けない!っていう
韻の踏み方や言葉遊びが
当時の自分にはすごく響いた

それだけに作風が変わって行くのについていけなくて
もう出会った当初のような気持ちでは聴いていられないな、
なんて思ってた

だから実質、2010年から今までっていうのは、
UTCから離れていた空白の3年間だった

でも彼らは何かと波乱万丈で、
ずーっとぐらぐらぐらぐらしてるもんだから
なんだかんだで動向は気になるし、心配だったんだ

そんな中、関谷さんのツイッターで知った「解散」の報せ
4月くらいだっただろうか

最初にそれを聞いた時の感想が、
「ああ、ついに」だった
だんだんとUTCは東京中心の活動になって、
札幌在住の自分にとって疎遠になって
なんていうか、
かろうじて残っていたのがぷつんと消えた感じ

でも「ふーん、解散かあ、そっかあ」
で終わらなかったのはきっと
自分の中に、UTCの音楽が占めてきた部分が少なからず存在したから

離れていた時期でも
なんだかんだでいつも心の隅っこに置いてあった

だから、自分自身ここで区切りをつけるためにも
ライブに行こう、見納めようって思った
場所が東京だからさすがに決断には迷ったけど
前の年に一人で福岡行ってこれたし絶対大丈夫だって思った
そしてこのライブに行かないと一生後悔するんだって考えたら
もう「行く」以外の選択肢はなかった

そう決断して、早くe+でチケット買わなきゃ、でもログインパスワード家に帰らなきゃ分からなかったので
売り切れるな売り切れるなって祈りながら帰り道を自転車で爆走した
雪融けたばっかりの時期なのに汗だくになった
本当に後悔するのだけは嫌だったから

そして無事にチケット取ったけど、本当に行く実感はなかった
初めて一人で行く東京、飛行機とホテルと交通機関もろもろのことばかりに気が傾いて
「あれ?何しに行くんだっけ…」なんて本来の目的を忘れかけた日もあったし
でもきっとそれは
「たかだか2,3時間のライブのためだけに飛行機代かけてまで東京行っちゃう自分」が
どっかで信じられなかったんだと思う
なんで自分がここまでお金と時間をかけられるのか、必死になれるのか
UTCは自分にとってこんなにも存在が大きいバンドだったのか、と


んで、そのいまいち実感がわかない状態ってのは
東京着いてホテルを出るまで続いてた


渋谷のスクランブル交差点で人酔いしながらも無事に渋谷屋根裏へ到着

渋谷屋根裏はUTCのホームなんだって

開演待ってるときに近くにいた人(関係者か何かかな)が
「こんなに人で埋まってる屋根裏は久々だなあ」って言ってた
たしかに会場は人でいっぱいだった
今までUTCのライブ観たことなかったけど、こんなに埋まるものなんだと思った
自分みたいに、最後だからと遠方から来た人もいるんだろう


一発目はアイワナ

本当にうれしかった
私の知っているUTCだった

知っている部分もあれば知らない部分もあるから

これがよく言う「万感の思い」ってやつなのか、すごくいろんなこと思った

演奏されたすべての曲が
来たるべきこの日のために生まれてきた曲
なんじゃないかって思った
(決して解散ありきとか悪い意味ではなく
今日演奏されるだけの必然性があったっていうこと)

彼らが言わんとしていること、11年分の思いは全部彼らの曲が伝えてくれた

それだけ、一つ一つの言葉に重みがあった


印象的だったのが
Teenage Wasteland
たぶん前置きのせいもあるんだろうけど

バンドが解散することに対して、
誰しもみんな後ろ向きな気持ちにはなると思う
だってバンドで一花咲かせたいって思いで
東京出てきたり、必死に音楽作ったり、
ライブやったりしてるはず
だけど本当に一花咲かせられるバンドって
その中の一掴みくらいしかいなくて
一度も日の目を見ないバンドだって山ほどいる

東京に出てきて、「俺はやってやるんだ!」
っていう尖った情熱は満ち溢れてて
だけど現実は思い通りに行かなくて
尖ってたのもだんだん丸くなってきてって
当人たちが一番悔しいに決まってんじゃん

だけどUTCは6年前と何も変わっちゃいなくて
青春というはしかにかかったままで

はしかって
ガーーーッと症状出てきて
スッと引いておく一度きりのものだけど

今でもその一度きりの青春を絶やしていない彼らがとても愛おしかった
ちなみにこの曲で初めて「ライブで泣く」という経験をしてしまった

あとミソラはまさにこの最後のライブを象徴した曲だったなあ

「ライブは生き物だ」って色んなバンドの人が言う
何が起こるかはその時にならないと分からないし
一度やったものを再現するのは不可能、
同じライブは二度と出来ないという意味


「またと無い色を焼き付けろ」

「訳もなく涙がこぼれ落ちた
スロウモーションで揺れる風景を
このままずっと見ていたいだけさ
けどそれはできそうにないよ」

特に後者


スロウモーションで揺れる風景っていうのは
ライブ空間のことで

幸せな時間って、ずっと続けばいいなって思ってもそんなことはあり得なくて
いつか終わってしまうんだという切なさが
なんとも言えず聴いてて苦しくなった

ちなみに帰りの飛行機でこの曲聴いて、
初めて 「飛行機の中で(人知れず)泣く」という経験もできました

関谷さんはライブ中
曲と曲の間に何度も「幸せになれよ」って言ってた

きっと、11年のバンド活動の中じゃ
幸せだったことよりも辛かったことの方が多かったんだろうな
だからあそこまで強く人の幸せを願えるんだろうな


この喩えが合ってるかわかんないけど
泥の中に隠れてる砂金を掘り出すようなものなんですかね
砂金っていう僅かな希望を見つけるために泥の中を必死で掻き回す、そんなバンドだったのかなー
(※イメージです)


ライブから早一週間が経ったけど、自分の中では今だに切り替えができていなくてUTCの曲しか聴けていない


ライブ後に買った「pepar moon」を聴いた

もうこれからは作風云々とかじゃなくて、
彼らが生み出す音楽を全て受け入れられるような気がした
UNDER THE COUNTER というバンドを全部愛せるような気がした
悲しいけど最後の音源がこのpaper moonで良かった

彼らはたくさんの
「曲」という名の手紙を私に投げてきていた


吉村さんもブログで書いてたけど
バンドが解散しても、曲は永遠に残るし
将来、CDを再生できる機械が無くなったとしても
頭の中で再生できる限りその曲は無くならない


そしてその曲の存在がある限り、それを歌っていたバンドの存在も無くならない

だから決して
「終わり」なんかじゃないんだなあ

なんだかもう上手くまとまらなくなったけど
出会えたことに感謝だな


彼らとの出会いは約7年前、中3の時
JAPAN COUNTDOWNでGREAT GREENのPVを見て一目惚れしたところから始まった
このボーカルのおにいさんなまらかっけえ、
そんな感じだったはず(単純)


パンダのアルバムを買って
高校の仮入学前日にひたすら聴いていた

ノー・セラピーはMDにも入ってるなあ
あの頃はまだメモリ式のウォークマンなんて
持ってなかったから


高校入学して最初の夏、
体調を崩してずっと微熱が下がらなくて部活もずっと休んだ
くそ暑い、砂漠みたいな夏だった
その頃発売されたPARMANENT VACATIONの2曲目
禁じられた遊び」のあのどろどろしたイントロは
あの夏の空気によく合っていた
(今でもこれ聴いたらなんか蒸し暑くなる)


なんか友達付き合いとかめんどくさーって思ってた時期、
「自由に飛べるのは ひとりぼっちだから」って歌詞がやたら心に引っかかった


モダンライフを聴いてなぜか思い出すのは
冬の朝練に向かうバスを待つ時間

Eを聴いて思い出すのは真っ暗な中を走る冬の部活帰りのバス
あれは夜空の星の歌、
聴いてると冬の澄んだ空気と夜空が浮かぶ

 

全っ然理解できなくて退屈だった化学と数1、
教科書とノートの余白にratの歌詞を書きなぐった


自分が高校生の時まさに全盛期だった前略プロフとモバゲー
UTCつながりで、石川県の子と仲良くなったりもした

思い出せばキリが無いんですね
まさか7年後に最後のライブを見届けに東京まで行くとは本当に誰が予想したことか

でも、心の底から行って良かった後悔は何一つ無い

UTCに関する後悔、一つだけ言うならば
DON'T LOOK BACKが出た時に
あーなんか違う!っていって距離を置いてしまったこと

 

ライブ終わって改めてちゃんと聴いて、
やっとあのアルバムを受け入れられた、良さに気付けた
ちょっと遅すぎたかもしれないけど

「薬指と小指」の関谷さんめっちゃ女々しい!
こういう歌詞も書くのか彼は!かわいいぞ!
ブラフガールとジラフボーイってばっちり韻踏んどるがな!
郵便ポストにマヨネーズとかめっちゃロックじゃないか!
って感じで、変化も前向きに捉える事ができるようになった


もう彼らが新曲を出す事はないけど
今あるたくさんの曲たちと
これから末永くお付き合いしていきたい
改めてよろしくって感じで


メンバーが脱退しようが、
レーベルが変わろうが、
私がUNDER THE COUNTERというバンドに魅せられ、
彼らの曲からたくさんのメッセージを受け取った
っていう事実はこの先も変わらない

 

彼らの言葉を借りるなら

 


ありがとう
アイラブユー

cinema staff

出会いはロッキンオンジャパンの2008年11月か12月号あたり、new comerのコーナーで彼らが紹介されていたのが目に留まった。
自分は当時高校生。メンバーは大学生。
歌詞がいくつか抜粋されていて、「カフカ」「サイボーグ」「スティングレイ」「部室」「ダンスナンバー」という無機質な単語たちが並んでいた。これらがいったいどんな組み合わされ方をするのか、どんなサウンドに乗るのかが単純にものすごく気になった。そして残響レコードの所属だということは、あのバンドやあのバンド系かな?と想像した。
いざデビュー作のdocumentを買ってみると、音の激しさは想定の範囲内だったが乗っかる声は優しく素朴で、でもどことなく暗い。それがあまりにもミスマッチで、なんだこれは?かっこいいのかこれは?と良く分からなかったというのが第一印象。


2009年4月に初めてライブを観た。VINTAGE LEAGUE。どちらかというとシネマより少し前からハマっていたUNISONとPeople目当てで、cinema staffってあのバンドも来るんだ、行ってみようか程度のノリ。セトリはほぼdocumentの曲。小柄なギターの人がはちゃめちゃに暴れていて、ベースの人は手から血を出していた。みんな前髪長いし。

 

2010年、Symmetoronicaが発売された。今までCD1枚だけを繰り返し聴いていた所に新しく曲が増えたのが嬉しかった。大学生になり、自由な時間が増えて、色々なバンドのライブに行くようになり、ライブに行って音楽を生で聴くという行為の楽しさを知っていった。
シネマが北海道へ来る時は必ずライブへ足を運んだ。彼らの曲ももちろん生で聴けるのは楽しい。でもそれ以上に
「デビューした時を知っている者として、彼らとは一緒に走っていかなければならない」とか、「どうせなら札幌ライブ皆勤賞狙ってやろう」みたいな義務感やエゴがあったように今では思う。


2011年1月、スペースシャワー列伝
シャンペ、モールル、シネマ、plenty。
モールルで上がった熱はシネマの番になってもそのままで、前年に見たワンマンよりめちゃくちゃ盛り上がってた。(※個人の感想です)
終演後、物販に飯田さんと久野さんがいた。グッズにサインしてもらって、「documentから聴いてます、これからも応援します」的な無難な言葉をかけて、飯田さんに握手してもらった。当時まだ発売されて3年も経っていなかったdocumemtの名前を出して、少し驚いたような表情だったのはどうしてだろう。


そして2011年7月1日、セルフタイトル「cinema staff」のリリースツアー。
本編が終わり、アンコールが終わり、メンバーが捌けたものの拍手は止まない。フロアの照明がつき、はいもうドリンク交換して帰ってね、の空気になったところで再びステージへ出てきた彼ら。帰りかけていたけど慌てて戻ってくるお客さん。
「本当に時間がないので、1曲だけやって帰ります」そこで鳴らされた不協和音。つまりPoltergaist。時間がないなら別にやらなくたっていいダブルアンコール。しかしそこへ2分少々とただでさえ短いこの曲を更に爆速にして詰め込み駆け抜けた彼ら。 それまでは誠実かつクールに歌い上げていた飯田さんの、間奏のあの気怠さ。頭を殴られたような衝撃を味わった。そこで私は「cinema staffが、cinema staffのライブが好きだ」と確信した。

あの日の衝撃がどれだけ強かったかと言うと、丸1ヶ月シネマの曲しか聴けなくなった。間違って他のバンドの曲が流れようものなら、急いで飛ばした。それくらい。
大学へ行くときもバイト行くときもイヤホンから流すのは全部シネマ。私の2011年夏のテーマソングはほぼあのアルバムの中の曲。
じっくり聴き込んでいくうちに、You Equal Me、錆のテーマ、どうやら。こんな変わった曲作るバンド他にいるかよ!?とそこで初めてcinema staffというバンドが作る曲にはっきりと魅力を感じた。あの日がなかったらcinema staffというバンドは私の中で特に波風立てない、「普通にちょっと良いバンド」で終わっていたと思う。
クソ余談だが、当時、バイト先に鮮やかな水色のクロックスを履いて出勤してくる女の子がいた。
今でもどうやら を聴くと従業員入口の銀色のドアとその水色のクロックスを思い出す。

さすがに8/2からはもう1ヶ月経ったしそろそろ違うバンドも聴かなきゃ、とエルレを聴いた(らしい。当時のツイート。)

 

2013年6月。望郷を引っ提げたツアーだったが、今では考えられない札幌2days。
2日目のKLUB COUNTER ACTION。ステージが超低くて(かすかな記憶だと階段2段分くらいの高さ)演者は客とほぼ同じレベルに立っているんだけど、最前にいたお姉さんが優しくしないでの「窓辺にいるだけなのさ」の所で猛烈に拳を4回突き上げていた。それを見て、「なんて楽しそうなんだろう」と思った。曲に合わせてただ手を挙げるだけじゃない、全力で音を感じて手まで全力を込めたらもっと楽しいじゃん、絶対。次この曲やったら、同じところでこれやりたい。もっと曲とひとつになりたい という気持ちが芽生えた。
たぶんこのあたりまでがシネマに夢中になってた第一期。
あのお姉さん元気かな。

 

翌年、社会人になる。
その頃はピロウズGRAPEVINEにハマっててDB2Gを最後にシネマの新譜は追いかけていなかった。
ライブも2014年に一度行ったが、仕事や他のバンド、他の趣味(ホークス観戦)の割合が高くなり、「あ、明日シネマのライブじゃん…」と前日に思い出す始末。
ブルプリとeveはリアルタイムで買っていない。
久しぶりに行ったライブは2016年の前衛懐古主義Part1名古屋編。新譜は聴いてないけど昔の曲やるっていうから行った。ちなみにこれが初めての遠征。優しくしないでをやってくれたので前述の夢は叶った。(けど今でもライブへ行くたびにやることを切に願っている)
名古屋のパルコのタワレコで例の2枚買えばよかったのに買わなくて、展開されているところの写真を撮るだけ撮って、結局シネマ熱が再燃した2019年(後述)にiTunesで購入した馬鹿。なぜ。

 

2017年春に最初の会社を辞め、次に入った会社がまあ最悪で、毎日病んでいた。音楽なんてほぼ聴かなくなっていた。
ちなみにさっきの二枚通り越して熱源は初回盤を購入していたもよう。なぜ。
そしてその当時乱立していた違法音楽アプリがよくdigginを流してきていたせいか、これだけは病んでても聴けた。なぜ。

 

2018年〜2019年の前半辺りまで、シネマについての記憶はほぼ無い。

音楽全般から離れてしまっていたため、2018年の音楽は米津玄師のlemonくらいしか知らない。マジで。
飯田さんが休養していたことも、Name of loveやHYPER CHANTがリリースされたことも、すべて後から知った。有線でName〜が流れていたのを聴いてあれ、これシネマの曲っぽい…?とShazamしたらビンゴで、私の耳はシネマをまだ覚えていたと嬉しくなった。と思うくらい離れてた。
ライブ活動を休止したことは、バンドにおいては大きな試練だったと思う。この時を見守っていた人はどんな気持ちだったんだろう。


2019年11月22日。

奇しくも前衛懐古主義Part1名古屋編からジャスト3年、私はcinema staffのライブに帰ってきた。

その日は当時付き合っていた人と会う予定があったが、その数日前に喧嘩した。そして22日会うのやめよ!となり、予定がぽっかり空いた。シネマがその日にライブをやることは知っていた。家で一人で過ごしても虚しいだけだし、せっかくだからそっちへ行こう、と2日くらい前にチケットを取る。それがBEST OF THE SUPER CINEMAのリリースツアー。本当に軽い気持ちで行ったので音源も聴き込んでおらず、HYPER CHANTもまだ覚えて無くてあまり歌えなかったしtheme of usも記憶の彼方にうっすらあるだけで1234も手拍子もタイミングを忘れ去っていた。けど間違いなく楽しかった。その日の私の感想は、「とても優しいライブだった。飯田さんの『全部あげるから!!全っ部あげるから!!!』で無事死亡した」らしい。(当時のツイートとインスタ)

今でも忘れてない飯田さんのあの熱量。あの日の自分は優しさという形で全部受け取ったらしい。こう言っちゃ悪いけど、いつの間にこんな熱いことを言うようになったんだ、とも思った記憶がある。
「来年3月28日に人見記念講堂でワンマンをやります」「ホールでしかできないようなことも考えています」という言葉、そして3.28は自分の誕生日の翌日。これは行くしかないと帰りのバスの中ですぐさまローチケのサイトへアクセスし、チケットを取った。
結果的に人見のライブは延期になったが、youtubeで3.28のレコーディング配信をしたのを機にたびたび過去のライブ映像がプレミア配信されるようになり、酒を片手にこれを観るのが楽しみになった。
昔はあまり何も考えずに反射的に行っていたシネマのライブ、画面越しに見てもこんなにかっこよかったんだ…と気付く。メンバーがチャットに参加していてたまに國光さんや川島先生が登場したり、センスのあるリスナーのコメントを見たり、共感し合ったりするのが楽しかった。

次に行けたのは2021年6月のNDNBツアー。某感染症禍真っ只中で、床の印に合わせて立つ異様な光景。泥棒だったか萌える傘の下だったか、どちらだったか覚えてはいないけど、シネマのライブの前いつもこの声聴くよなっていう、耳馴染みのあるSE。これだけで泣けてきた。メンバーが現れた。
初期の頃はキャパが小さいライブハウスでばかり観ていたせいか、シネマのライブが気持ち的にも物理的にも近い所にいすぎて、ステージ上のメンバーがついこないだ会った友人みたいな見え方になっていた時期があった。有名人というフィルターなしで彼らを見ていた時があった。その時と変わらず目の前にいる彼らを見てその感覚を思い出した。
歌詞をその当時の世相や自分の思いに重ねずにはいられなかった3.28。野音のDVDを観て文字通りこんなドラマみたいな曲あるかよ、と鳥肌が立ったdrama。中毒のように聴いていた2011年付近の代表曲とも言える(と思ってる)君になりたい、20☓☓を2021と変えて「今」を歌ったfirst song(at the terminal)。微動だにできず、初めてライブ中に目を閉じ、「没入」という感覚を味わった僕たち、そして12年前、初めて行ったライブでも聴いたであろうKARAKURI in the skywalkers。
極夜epのリリースツアーではあったが、昔の曲から近年の曲までが網羅されていて、それはどれも自分とシネマの古い歴史を辿ったり、新しい歴史を刻んだりと、これ以上に無いほどの完璧なセットリストだった。
そして、ここまで歌詞の意味を一つ一つ噛み締めながら聴いたライブは初めてだった。
もう私の中でcinema staffはこれまで出会ったすべてのバンドを差し置いた存在になった。

延期になった3.28の、LINE CUBE SHIBUYAでの振替公演は情勢を鑑みて見送った。そしてアルバム発売、リリースツアー、野音
そして当初の予定から3年経った3.11、やっと人見記念講堂で彼らの忘れ物を回収した。
何事もなく通常通り開催されていたとしても、なにせ誕生日翌日だしということで思い入れも深かったかもしれない。
しかし再びシネマへの思いが復活したと思った途端に食らったおあずけ。渇望感の中で映像で見た彼らのライブの真価。これが結果的に気持ちを大きく押し上げたと思っている。
予定が無くなったから何もせず家にいる、もしくはライブへ行く。曲がり角を曲がった結果そんなに悪くないどころか、出会ってから今までの中で一番cinema staffが大好きだと胸を張って言える。ライブに行った回数だけではなく、一番心血を注いだのもcinema staff

 

2011年に物販で飯田さんと久野さんに言った「これからも応援します」

ああ何か言わなきゃ、ととっさに出てきた当たり障りのない言葉だったけど、今では本気で、心の底から言える。むしろ応援だなんて、私を応援してくれてるのはむしろcinema staffの方じゃないか。そして、これからもなんてヌルい。いつか死んで来世まで手を取って踊るんだ私達は。そんな曲まで彼らは作ってきたから私もそれに全力で応える。

いつかまた、環境や私自身が変わって、シネマから離れざるを得ない時が来るかもしれない。でも、この歌詞を一度胸に刻んだ私にとって、彼らの存在がいつでも心の支えとなっているに違いない。

「それでもドラマはきみの帰りを待っている。」

 

 

 

 

2009
★0405 VINTAGE LEAGUE@COLONY
w/UNISON SQUARE GARDEN
People In The Box
LOVE LOVE LOVE
Fozztone
laugh line


2010
★0908 Blue,under the imagination Release Tour 〜想像上の辻〜
@SPIRITUAL LOUNGE
w/THE NOVEMBERS
4point
spirit page


2011
★0113 スペースシャワー列伝
@cube garden
w/plenty
モーモールルギャバン
[Champagne]


★0701 two strike to(2) night〜日本シリーズ
sound lab mole


2012
★0330 壱伍列伝
@cube garden
w/カラスは真っ白
Ao
シュリスペイロフ
  

2013
★0622 【僕たちの秘法】tour
@spiritual rouge 
w/THE米騒動
★0623 【僕たちの秘法】tour
@KLUB COUNTER ACTION
w/was
bufferins
Cell The Rough Butch


2014
★0613 Death Bandwagon 2(to) Glory
@ベッシーホール


2016
★1122 前衛懐古主義Part1名古屋編
名古屋CLUB QUATTRO


2019
★1122 BEST OF THE SUPER CINEMA JAPAN TOUR
sound lab mole


2021
★0619 NEWDAWN/NEWBORN
@sound lab mole

☆1008 cinema staff two strike (2)night 回天の渋谷編
@LINE CUBE SHIBUYA

★1107 海底より愛をこめて RELEASE TOUR『はじまりの場所』
@sound lab mole


2022
☆0129 海底より愛をこめて RELEASE TOUR『はじまりの場所』
@心斎橋BIG CAT

★0501 前衛懐古主義Part3 Re:Respawn
@梅田CLUB QUATTRO

★1008 two strike to(2) night ~因縁の日比谷編~
@日比谷野外大音楽堂


2023
★0311 two strike (2)night 捲土重来の三茶編
@昭和女子大学人見記念講堂

★0708 We are Phenomenal
@sound lab mole

*1105 We are Phenomenal
@Zepp Shinjuku


(☆はチケット持っていたけど参戦見送りしたもの)

 

cinema staffのライブへ行ってきた。
2019年11月の、ベスト盤リリースツアー以来。

シネマのロゴっぽい三角モチーフのピアス
サーモTの下にラグラン
VANSのオールドスクール
極夜のジャケット意識して塗ったはずなのに出来上がってみたら3.28のジャケットみたいになったネイル
fanicon1年記念のシルバーリン

こってこてのシネマコーデや…
そして三島さんリスペクト要素多いな…?

感想なんだけど一言で言ってしまえば
ライブって本当に最高。

シネマは緊急事態宣言中に時折、過去のライブ映像をプレミア配信してくれたし
自分はDVDも何枚か持ってるし
シネマのライブには何回も行ったけど、いつの間にか生の彼らよりも画面越しの彼らを見る回数の方が多くなってしまった。

だからとりあえず、カメラのレンズ越しさらにスマホの画面越しではなく
自分の網膜に直に彼らが映っていることにまず感動した。


特に印象に残った気持ちをば。

3.28
コロナ禍のcinema staffを一番象徴する曲になってしまったから、これを次いつ行けるか分からないライブで聴く事がいつしか夢になって、今日それが叶った。
「君が望めばアンセムは続いていく」
「未来の話だけしよう」
「夜を抜けたら僕らの勝ちだ」
やっぱりこれらのフレーズには励まされる。
後半の飯田三島の掛け合いも素敵だけど、早く客席とも掛け合いたいね。


熱源
前回のライブ以降で熱源が個人的ナンバーワンアルバムになったのでまさかその1曲目を拝めるなんて。

君になりたい
教科書に載っていなかったタイトルを〜の所で三島さん荒ぶるでしょ?かっこよかったね(語彙力)

borka
地味に一番良かったかもしれない。
これも最近になって、歌は難しいし演奏もかなり緻密に作られている、実はめちゃすごい曲なんじゃないかと気づいて。
音楽的なことは詳しく分からないけど、やっぱりなんかすげえことやってんなって思った。
間奏でベースとギター2本がユニゾンになるところ、すっごいよ。
CD聴いてるだけじゃ指の動きなんて分かんないからね。
こういうのはライブでしか感じられない事…。
羽を広げたら で三島さんが羽広げてました。


salvage me
これも最近になってじわじわハマってた曲だから嬉しい。
(今まで何を聴いてた)

stereo future
これ毎回やってほしい。

drama
これも、野音のエンドロールで流れていたのを聴いてからライブでいつか聴きたいと思っていた曲だったから希望が叶った。
OOPARTSの映像見た時に「それでもドラマはきみの帰りを待っている」の歌詞に涙腺崩壊して、今日はそれ以上の気持ちになるんじゃないか、号泣必至だと思ったら、そんな気持ちどこへやらで楽しいのなんの。(悪い意味じゃなくて)
大時計が刻んだ〜のフレーズに毎回ゾクゾクしてたんだけど、やっぱり生で聴く大時計は最高でした。
私もcinema staffも、ライブハウスへ帰ってこられて本当に良かったです。

僕たち
これも、ずっと聴きたかった曲。
ていうか私の夢叶いすぎじゃないですかね…?
飯田瑞規の美声が染み渡りすぎて、半分以上目閉じて聴いてたかもしれない。

希望の残骸
サビでギター弾かないで客席を狙撃する辻くんを間近で見られて大満足です。

テーマオブアス
手を伸ばせば届くような距離しかも真正面で三島さんが中指を立て、ベースソロを弾き、間奏の手拍子に今度は親指を立てました。無事に昇天しました。あの瞬間は間違いなく2021年の一番のハイライトでした。
ウィーニードPBで三島さんに寄っていく辻くんがかわいかった…
ライブで見ていてもあのMVが頭をよぎるのいい加減にしてほしいね私の頭。

ラク
cinema staffが初めてmoleに来た時からやってた曲ですとの前置き。
2008年か2009年か、って言ってたけどちなみに初めて札幌に来たのは2009/4/5のCOLONY
初めてmoleに来たのは2011/7/1(ある時まではシネマの札幌ライブ皆勤賞だった私調べ)
あの時客席にいた!!って伝えたい。
cinema staffに関してはデビューした時から
離れた期間こそあれど今も聴き続けていられることが何より嬉しくて、このカラクリを聴いてもう余計にあの時cinema staffというバンドを見つけた昔の自分を褒めたくなった。
飯田氏ギターのチューニング合わず、全然練習してない(笑)と三島さん…ていうかそんなに狂ってたのか?全然分からなかった。
今のセトリにも馴染むくらい、当時にしては明るい曲調だね。

first song
最後にこれ!??!と思って一瞬何がなんだか分からなくなった…。
無事に灰になりました。
2100くらいまで聴かせてください。(メンバー113歳)

その他
borkaの前に辻くんの前にマイクスタンド増えたんだけど、それ見て「え、國光さん来てるの?」と一瞬でも思ってしまった自分
まあ國光さんは実質5人目のメンバーですからね。

なんの曲か忘れたけど辻くんが目と歯剥いて開脚しながらギター弾いてて笑いが止まらなかった。ごめんなさい。
ギターについた手垢のような汚れを見て、シネマの歴史を感じる。


三島さんの曲中の細かい動きが控えめに言って最高にツボ。
これも自粛中にライブ映像見ていて気付いたことだから、今回は三島さんをよく見てた。
ピック持ったままこちらに手を向けるのとか、
「ここ」という歌詞でここを指さしたりとか。
中指立てるのはきっと映像化して公開できないだろうからあの時しか見られないのだろう。今日は2回も中指立てられて幸せでした。
前髪からのぞく鋭い眼光もたまりませんね。
三島ギャルみたいになってるけど違います。
純粋に立ち居振る舞い全てがかっこいいと思っているだけです。
2番目でいいです嫁にしてください。
来世でもいいです。明日からゴミ拾いとか募金とかします。徳なら積みます。


飯田さんのMC
好きなものは自分の活力になる、という主旨。
本当それ。大人になってから特にそう思うようになった。
改めて、cinema staffの音楽に生かされているなあと。
無ければ死ぬのか、と聞かれたら、死にはしないんだろうけど。
でも何かにわくわくしたりどきどきしたり、胸がいっぱいになる感覚とか、
目の前の人のかっこよさに、折れるんじゃないかってくらい歯を食いしばったりすることとか、
食べることも寝ることも忘れて今日の記憶をこうやって書き出していることとか…
そんな非日常をくれるんだよね。心の栄養。
「いい日になりましたか?」もちろんです。

客席で倒れちゃった人がいて
「大丈夫?後ろにソファーあるからね」からの
「こうやって椅子並んでると緊張感あるよね。つらければ無理しないで座って。それぞれの楽しみ方で。」
なんて素敵なフォローなんだと思ったよ…。
それぞれの楽しみ方で、って、当たり前なんだけど時に忘れてしまう時があるのよね。
自分と数人しか手上げてないやん!浮いてるんじゃね!?みたいに思うときあるよ。
楽しみ方は人それぞれでいいんだよね。まあそこからテンションブチ上げ曲が続いたので終止好き勝手に手上げたり叩いたりしてたんですが。
飯田さんのMCはとても優しくて真っ直ぐで丁寧で、人柄そのものだなあと思う。


久野くんは本日はコーラ。
物販紹介久しぶりな気がするなあ…。
終わったアイテムたちを回収する辻くん。可愛すぎか。
久野くんの喋り方は聴きやすくて、優しい面白さがあるなあ。別人格さんが流行る理由が分かった気がする。

三島さんのMC
マスク越しでも、皆さんの表情はよく見える。
それを見て、自分も音楽で返さないと…的な内容。
シネマの曲は期待を裏切らないことを私は知ってる。
彼がよく言ってる「今一番かっこいいと思う音楽を作る」
シンプルなんだけど、その裏には一般人の私達には計り知れないたくさんの苦労やらなんやらがあるのに。
それでも、私達に今一番かっこいい音楽を届けてくれる。常に最高を更新していくこと、なかなかできることじゃない。
次はアルバムを作ります、という発言。
これも間違いなく、生きる活力。


帰りのバスに乗ってたら、ザーザーの雨。
グッズ買うとしたらタオルだけ、と思っていたけどなんとKiUとのコラボ折りたたみ傘が売ってて。
前に見て少し気になってたやつだから、ポンと買ってしまった(おかげでいま財布の中身2000円)
これが功を奏して、なんとシネマのライブ帰りにシネマの折りたたみ傘初おろしという奇跡をやってのけました。
日本で…いや、北海道で私くらいではなかろうかこれやったの。
リアルに雨の日が楽しみになるねこれは。

今日から職場の人がひとり休職するということで初対面のヘルプの人と一緒に働いた。
立ち居振る舞いや言動がとてもハッキリしていて
年下なんだけど、すげえなって思った。
こういう人はどこに行っても上手く立ち回れるんだろうな。
それに引き換えうちの店長ときたら




でも、初対面の人とでもそれなりにいろんな話題や会話を楽しめるようになったのは
接客業をやるようになったからっていうのともうひとつ、
マッチングアプリの経験も生きているのだろうか。
まあいずれにせよ、学生時代の人見知りマンな私はたぶんもういない。



生理だからって言ってこの3日位はクソほど炭水化物やおやつ食べてるのに、体重が200gとかそれくらいのレベルでしか増えてない。
2週間位前の生理なんにも関係ない日、22時過ぎに油こってり中華を食べたら1日で2キロ近く増えたのに。
あと一日だけお腹ガッツリ凹んだのにはびっくりした。
飢餓に苦しむアフリカの子どもたちレベルで凹んでた。
今は戻ったけど、あれは何だったのだろう。



cinema staffがツアーを予定通りやってくれる。
こんなに嬉しいことはない。
コロナ禍でもろに打撃を受けたライブハウス。
そのライブハウスを主戦場にする彼ら。
その彼らを追いかける私。
チケットを取った公演がひとつは延期、もうひとつは中止になった。
彼らとはコロナ禍を一緒に乗り越えている感じがする。
彼らと一緒に最終回のような毎日を生きて、未来の話だけしていたい。

〜自分語り〜


また次も会えるしと思って
なんの気無しにじゃーねーなんて言った人と
それから二度と会えなくなった
そんな事が今年に入って
立て続けに2回も起こった

でも
その人達がいなくなっても
寝て起きて仕事行ってご飯食べてっていう
自分の日常は何一つ変わらなかった
ありがたいことにね

でも、何も変わらない日常の隙間で
自分へ向いているのか
相手に向いているのかすら分からない
色んな気持ちが、浮かんでは消えを繰り返している
そのせいで「失ってから気付く大切さ」
なんて使い古された言葉が今はとても安っぽく聞こえる

今年は死生観とか、
人生って簡単に変わってしまうんだなあとか、
あっけないなあとか、
そういう事を深く考える年になった

2020年もう一回やれとか言う人いるけど、
個人的にはもうお腹いっぱいです
繰り返したくありません